『歌行燈・高野聖』 泉鏡花
幽玄神怪、超理念の領域へ。
浪漫、神秘、「鏡花」の世界。
飛騨天生(あもう)峠、高野の旅僧は道に迷った薬売りを救おうとあとを追う。
蛇や山蛭の棲む山路をやっと切りぬけて辿りついた峠の孤家(ひとつや)で、
僧は匂うばかりの妖艶な美女にもてなされるが……
彼女は淫心を抱いて近づく男を畜生に変えてしまう妖怪であった。
幽谷に非現実境を展開する『高野聖』ほか、
豊かな語彙、独特の旋律で綴る浪漫の名作『歌行燈』『女客』『国貞えがく』
『売色鴨南蛮』を収める。詳細な注解を付す。
本書「解説」より
月光に輝やく山頂の谷川、陰森の気漲る破れた孤家、肌の色匂うばかりの裸体の美女、
いずれもさながらドイツの浪漫派の情景である。この神秘幽怪な書き割りの中に、作者
はデモーニッシュな感情の奔騰(ほんとう)に身を任せ、狂熱的に苦しみ、叫び、泣き、
狂う。蛭の林や、滝の水沫(しぶき)や、「動」を写して神技に近い作者の筆致には、妖
魔を実感し、神秘に生き切った作者の体験の裏打ちがある。日本文学史上、上田秋成の
『雨月物語』をのぞいては、絶えて無くして稀にある名作というべきである。
――吉田精一(国文学者)
泉鏡花(1873-1939)
金沢生れ。本名・鏡太郎。北陸英和学校中退。1890(明治23)年上京、翌年より尾崎紅葉
に師事。'95年発表の「夜行巡査」「外科室」が"観念小説"の呼称を得て新進作家として
の地歩を確立。以後、「照葉狂言」(1896年)、「高野聖」(1900年)、「婦系図」(1907
年)、「歌行燈」(1910年)等、浪漫的・神秘的作風に転じ、明治・大正・昭和を通じて独
自の境地を開いた。生誕百年の1973(昭和48)年には金沢市により泉鏡花文学賞が創設さ
れた。